日記

女性。21歳になりました。毎日を記録してみようと思いました。

make-up

最近、スケラッコの大きい犬という漫画を買った。外についている表紙カバーを外した、本本体の匂いが好きだ。これはなんていう種類の紙なんだろうか、知らないが。茶色の、乾いた匂いがする。某店の初月無料のサービスのおかげで漫画が読み放題だった。そのとき出合った本だ。

わたしは今まで漫画を一冊も買ったことがなかった。家にあるのはもっぱら本だ。漫画は下等な書物だという認識がどこかにあった。でもそんなことはない。漫画も立派な表現物だと再認識してる。

漫画は新書サイズ(というのかな?)からでないと嫌だ。小さいサイズのは、文字も絵も小さくて目に良くないと思ってるので読みたくなくなる。絵は、シャッシャッシャッと何度も重ね書きしてるような線は嫌いだ。一本線ずつで、あっさり書かれてるものが好き。スケラッコさん然り、『岡崎に捧ぐ』の山本さほさんや、『マスタード・チョコレート』の冬川智子さんの絵などだ。特に『王様ランキング』の十日草輔さんの絵はとても興味深かった。

 

なぜ母を嫌いなのかと聞かれたら多分、自分が嫌いだからと答えると思う。神様を信じる人たちがいるけれど、多分わたしは虚無を信じている。どうしようもない虚無感だ。誰かが言ったところの、漠然とした不安だ。

いつのまにか私は自分の存在意義などというものを考えるようになったが、自分が存在しないような感覚がいちばん心地いいものなのかもしれない。わたし、は他者と自分とを区別するためだけの指示語で、それ以下でもそれ以上でもなくて。そこには、わたし、と言う精神性をも含めた肉体があるだけ、というか。

まだ全部を真正面から体得はできないが、変化なんてものは大きければ大きいほどある程度のゆっくりさが必要だ。少しずつ経験の中でわかっていこう。多分この手のものは頭で理解するものじゃない。いつか気にならなくなるような、いつか消えてなくなってしまう青たんのようなものだ。きっといつか治ってくれる。

たまたま見ただけの感想

韓国ドラマ『禁じられた愛〜ハヌルジェの夕暮れ〜』

見たんですけど、これアリですか......

途中までは百歩譲って......最後はもうだめでしょ

あああああ私の感覚では分からん

母としての体裁保てよ

男性はミスの気持ち考えなすぎ

ああああああいいのか、あれでいいのか

 

いや、フィクションだから言ったってしゃあないのかもしれんが、エンディング納得行かんかった

一途な恋心は素敵だと思うし大事にしたらいいと思うけど、これはありえない...

崩壊してる🤯

時代設定がいつかの戦後?みたいなので、完全に現代の話ではないにしろ、なんか、アホすぎて。

物語なんだからいちいちうるせえよと言われればそれまでなんだけど、やはり納得はできない、納得したくないね〜

でもジョンブン演じてる女優さんの顔が好きだった、娘さん役の方は流行りの顔と形容できるような可愛さでした。男性は目元の演技が印象的でした。

ネット愛がヤバい件

久しぶりに家のWi-Fiの調子が悪くなって通信制限間近になって自分のネット愛の大きさを自覚したネットは偉大だwi-fi繋がった瞬間の喜び様といったらもう。VSCOもtumblerもツイッターもあいしてる、わ、きも。最近ほんと書いてなかったなあと思って。あれから菜食にシフトしたり新しいバイト始めたりペーパードライバーになったり。将来はまだよくわからない。とりあえず確かなのは東京03とAマッソのネタが好きなことくらい。あとインコたちが元気なこと。

f:id:valancy06taylor:20190324202121j:image


f:id:valancy06taylor:20190324202117j:image


f:id:valancy06taylor:20190324202113j:image


f:id:valancy06taylor:20190324202125j:image

 

ネットを発明してネット発展への歴史に関わったすべての人たちにお礼を言いたい。では今からシャワーを浴びてくる。

2018年振り返ろうか

時は2017年、2018年と勝手に進んでいってくれる。でもわたし自身はわたしが進もうとしない限りそこにとどまり続けるだけだ。時は勝手に節目を作ってくれるけれど、わたしの成長の過程はわたしが形成しなければいけない。2018年が終わって2019年が来てもわたしは何ら変わることはないのだ。ただ時の延長線上にいるだけで、年号によって区切られるわたしではないのだ。それこそがいい。

1500円で買ったスケジュール帳に「自律」と書いた。それが印象深い。この一年、わたしは自律に向けて進んだと思う。大半がぐらぐらしっぱなしで、それはそれは心許なかっただろうが。進学しようとしたり就職しようとしたり。誰かや何かを許そうとしたり許せなかったり。心を開こうとしなかったり、開こうとしたり。

長い間、壊れて動かなかった時計が誰かの手によって再び動き始めたかのようだ。そしてそれを修理したのは他でもないわたし自身だった。

実際に時計を修理する技術はわたしにはなかった。でも動いてほしいと思った。だから助けを借りた。大きな動きにフォーカスして言うとすれば、去年からの試みのなかでそれは実行されたと思う。